会計事務所は「データの宝庫」 AIで経営数字を速く、正確に 日本の中小企業を支える主役へ

「AIによって税理士や会計士の仕事がなくなる」という議論が広がってから約10年。実際になくなりつつあるのは税理士という職業そのものではなく、これまで担ってきた定型的な作業の一部です。
AIが書類の読み取りから記帳、チェックまでを担うようになれば、経営者は会社の数字をこれまでより早く、正確に把握できるようになります。そして会計事務所には、面談メモやメール、請求書・領収書といった「川上の一次情報」が、顧問先との日常的なやり取りを通じて継続的に集まっています。
本記事では、株式会社SoLaboの田原広一氏、株式会社SoVaの山本健太郎氏、sankyodo税理士法人の朝倉歩氏の見解をもとに、会計事務所が持つ「データの宝庫」をどのように経営支援へ生かすのか、AI時代の会計事務所像を紹介します。

取材に応じた3氏 株式会社SoLabo 代表取締役 田原広一氏/株式会社SoVa 代表取締役CEO 山本健太郎氏/sankyodo税理士法人 代表 朝倉歩氏

「AIで税理士がなくなる」は誤解だった

「AIによって税理士や会計士の仕事がなくなる」という議論が広がったのは、約10年前のことだ。

きっかけの一つとなったのが、2013年にオックスフォード大学の研究者が発表した論文「雇用の未来」である。この論文では「Accountants and Auditors(会計・監査に関わる職種)」がコンピューターに代替される可能性は94%と推計された。

この研究が日本で紹介される過程で、「会計士や税理士はAIに消される職業の代表」といった、より強い表現で広まっていった。

しかし、この論文は、日本の税理士という資格そのものがなくなると予測したものではない。会計や監査に関わる業務を職種単位で分析したものであり、特に仕訳や記帳など、一定のルールに基づいて繰り返される業務は自動化されやすいという内容だった。

実際、この10年間で仕訳や記帳の自動化は大きく進んだ。銀行口座やクレジットカードとのデータ連携、領収書の読み取り、会計処理の自動提案など、かつて人間が手作業で行っていた業務の多くを、システムやAIが担うようになっている。

SoVa税理士法人の山本氏は、業務によっては、人間が最初にルールや判断基準を正しく設計することで、その後の処理の7割から9割程度をAIが担い、人間は例外処理や最終確認に集中する働き方が広がる可能性があるとみる。

AIによってなくなるのは、税理士という職業そのものではない。税理士がこれまで担ってきた定型的な作業の一部である。

■ 元の論文の意味と、日本で広がった印象の違い

項目
詳細
何をしたか
【元の論文】会計関連職のコンピューター化可能性
【日本で広がった印象】税理士という職業自体が消える
主な対象
【元の論文】Accountants and Auditorsなどの会計関連職
【日本で広がった印象】日本の税理士
実際の意味
【元の論文】記帳・仕訳・給与計算などの自動化が進む
【日本で広がった印象】税理士不要論
この10年間の変化
【元の論文】定型業務の自動化が進展
【日本で広がった印象】相談・判断・提案の役割は残り、むしろ拡大

AIで会計は早く、正確に。税理士は経営支援へ

AI導入によって経営者が得られる大きなメリットは、会社の数字をこれまでより早く、正確に把握できることだ。

現在は、領収書や請求書を会計事務所へ送り、入力や確認を経て、翌月以降に試算表が完成するケースも少なくない。AIが書類の読み取りから記帳、チェックまでを日常的に進められるようになれば、売上や利益、資金繰りの状況を早い段階で確認できる。

AIや業務システムは、あらかじめ設定された項目を毎回同じ基準で確認できるため、入力漏れや見落とし、担当者による品質差の縮小にもつながる。

SoVa税理士法人では、試算表396項目、申告書80項目のチェックリストを整備し、自動レビューの仕組みを構築している。これまで経験豊富な職員が頭の中で行っていた確認作業を言語化し、システムに組み込む取り組みだ。

AIがすべて正しい判断をできるわけではないため、最終的な確認には専門家が必要になる。それでも、AIによる網羅的なチェックと専門家による判断を組み合わせることで、会計業務の精度を高められる。

さらに、入力や資料整理、申告書作成に費やしていた時間が減れば、税理士や職員は経営者との面談や提案に、より多くの時間を使える。

M&A、資金繰り、採用、広告、保険、融資、事業承継など、税務にとどまらない相談にも対応しやすくなる。

株式会社SoLaboの田原氏は、今後の会計事務所は、税務・会計に加えて経営課題を解決する「コンサルファーム集団」へ変わっていくとみる。

会計情報は、税金を計算するための「過去の数字」から、経営者の意思決定を支える「現在の数字」へと変わり始めている。

会計事務所は中小企業の一次情報が集まる「インフラ」

一般的なコンサルティング会社が企業の課題を分析する場合、まず経営者へのヒアリングや資料収集から始める必要がある。

これに対し、会計事務所には、顧問先との日常的なやり取りを通じて、経営に関する情報が継続的に集まる。

売上や利益だけではない。請求書や口座の動き、給与、借入金、保険料、設備投資、取引先との関係など、企業活動の実態に近い情報を定期的に把握できる。

田原氏は、こうした会計事務所の役割を「インフラ」と表現する。

決算や確定申告を毎年行う仕組みがあるため、会計事務所は企業の情報を一度だけではなく、継続的に取得・更新できる。

こうした一次情報をAIで整理・分析できれば、税金の計算にとどまらず、経営課題の発見や将来の意思決定にも活用できるようになる。

申告に使われなかった情報が「経営データ」に変わる

これまでの会計業務では、金額や取引日、勘定科目など、決算書や申告書を作るために必要な情報が重視されてきた。

一方で、経営者が今後どのような事業を始めたいのか、採用に困っているのか、売上を増やしたいのか、事業承継を考えているのかといった情報は、十分に活用されてこなかった。

sankyodo税理士法人の朝倉氏は、かねてからAIによるビッグデータ活用の可能性を提唱し、会計事務所に集まる情報は中小企業の経営実態を映す「宝の山」と表現してきた。

顧客との会話や取引の中には、保険、融資、採用、広告、M&A、事業承継などの提案につながる情報が数多く含まれているからだ。

朝倉氏は、従来の会計事務所では、仕訳や申告に直接必要のない情報の多くが活用されないまま失われてきたと指摘する。AIによって膨大な情報を横断的に分析できるようになれば、これまで担当者の経験や記憶に頼っていた経営課題の発見を、組織として継続的に行えるようになる。

例えば、保険料の支払いが大きい企業を抽出できれば、利害に囚われず契約内容の見直しを行うことや、売上が伸び悩んでいる一方で広告宣伝費をほとんど使っていない企業には、集客方法を見直すきっかけを示すことができる。

支払手数料や借入金利が同規模の企業より高ければ、コスト削減や融資条件の見直しを提案できる可能性もある。

これまで個々の担当者が経験や記憶をもとに見つけていた提案の機会を、AIによって組織的に発見できるようになる。

税理士が取得しているデータは、会計・申告ソフトよりも“川上”にある ①川上データ(面談・商談メモ/メール・チャット/Googleドライブ上の資料/カレンダー・面談履歴/請求書・領収書・通帳などの証憑/顧客とのやりとり・相談内容)→②税理士事務所→③会計・申告ソフトのデータ(川下の情報) 図解

AIが経営課題を先回りして知らせる

AIの役割は、経営者に代わってすべての判断を行うことではない。

大量の情報を分析し、人間が確認すべき変化や兆候を見つけることにある。

例えば、売上が減少する一方で固定費が増えている、数カ月後に資金が不足する可能性がある、採用を予定しているが必要な資金が準備されていない、といった状態をAIが検知する。

その情報を税理士や担当者が確認し、経営者へ早めに伝える。

これにより、会計事務所は問題が起きた後に対応するのではなく、問題が深刻になる前に提案できるようになる。

AIが経営判断そのものを代行するのではない。AIが課題の兆候を見つけ、税理士が企業の状況や経営者の考えを踏まえて、選択肢を提示する。

税務申告のために過去を整理する会計から、企業の将来を考えるための会計への転換である。

データを起点に、多様な連携・支援へ 川上のデータを活用できれば、CxO領域すべてにサービス提供できる可能性がある 税理士は川上のデータを保有し、金融機関・保険会社・人材・開発・マーケ・M&A/事業承継・士業をつなぐハブになる 図解

成功事例と失敗事例が経営判断の材料になる

会計事務所によるデータ活用がさらに進めば、一社の情報だけでなく、複数企業の成功事例や失敗事例を経営支援に生かせる可能性がある。

例えば、初めて広告を出した企業の売上がその後どう変化したのか。採用費を増やした企業が何人を採用し、どの程度定着したのか。新規出店や設備投資を行った企業が、その後どのような成果を上げたのか。

顧客の秘密保持や個人情報保護に十分配慮し、適切な同意取得や匿名化・統計化などのルールを整備したうえで、事例やデータを蓄積・活用できれば、同じような課題を抱える経営者に、より多くの選択肢を示せる可能性がある。

経営に百発百中の方法はない。

だからこそ、「この施策を行えば必ず成功する」と断定するのではなく、類似企業の実例を提示し、経営者自身が判断できるように支援することに価値がある。

田原氏は、税理士業界には成功や失敗の事例を共有する文化がある一方、顧客への提案事例については十分に共有されていないと指摘する。

会計事務所同士が協力し、匿名化された事例を蓄積できれば、個々の事務所だけでは得られない知見を、中小企業の経営支援に活用できる。

AI活用の前提は「データ設計」と業務の標準化

会計事務所に情報が蓄積されていても、紙で保管されていたり、担当者個人の記憶に頼っていたりすれば、AIで活用することは難しい。

AIを導入する前に、書類や会話履歴、作業手順をデータとして整理し、検索・共有できる状態を作る必要がある。

山本氏は、AI活用の中心はAIそのものではなく、どのデータをどのように保有し、更新し、利用するかという設計にあると話す。

確認基準や作業手順を明確にし、担当者が変わっても同じ基準で業務を行えるようにする。こうした標準化の先に、AIによる自動化やデータ分析がある。

朝倉氏も、紙を中心とした業務のまま最先端のAIを導入しても、十分な効果は得られないと指摘する。

こうしたデータ活用を実際の業務に落とし込もうとしているのが、SoLabo代表の田原広一氏だ。田原氏は、会計事務所にデータが足りないのではなく、会計ソフトの数字、証憑、面談記録、メールの履歴などが別々の場所に保存され、顧客単位でつながっていないことが課題だと指摘する。

そこで、AI-OCRやCRMを活用して顧客ごとに情報を集約し、AIに情報の抽出と整理を担わせる。人が資料を探し、まとめる時間を減らすことで、経営課題への「気づき」や顧客への「提案」を、担当者個人の経験だけに頼らず、事務所全体の標準業務に変えていくという考え方だ。

さらに田原氏は、AI技術の検証やシステム開発、人材教育を、それぞれの会計事務所が単独で抱えることには限界があるとみる。各事務所の独立性を保ちながら、共通のシステムやノウハウを共有し、AIによって生まれた時間を融資や経営改善などの顧客支援に振り向ける。田原氏がTAX GROUPを通じて目指しているのは、こうした会計事務所同士の共創による業界全体の底上げである。

AI時代の会計事務所が中小企業支援の「ハブ」になる

将来の会計事務所は、企業の課題を発見し、解決策を提案するだけの存在にとどまらない。

広告、採用、融資、保険、事業承継、M&Aなど、自ら支援できない分野については、信頼できる専門家や企業につなぐ役割も担うようになる。

AIが膨大な情報から課題や可能性を見つけ、税理士が経営者の状況や考えを踏まえて選択肢を示す。必要に応じて、具体的な解決策を持つ専門家へつなぐ。

会計事務所は、税務申告を受け付ける場所から、企業の課題を早期に発見し、人やサービスをつなぐ中小企業支援のハブへと変わっていく。

AIによって、会計事務所の価値が失われるわけではない。

会計事務所に蓄積された「データの宝庫」を経営支援に生かすことができれば、AI時代の税理士は、日本の中小企業を支える中心的な存在になり得る。

取材協力者プロフィール

田原 広一 様
株式会社SoLabo 代表取締役
TACで財務諸表論講師5年。2015年株式会社SoLabo(ソラボ)を設立。2025年税理士法人SoLaboを設立。融資・補助金支援実績10,000件超。自社の経験を税理士業界に還元するサービススタート。税理士向けサービスとしてTAXGROUPというボランタリーチェーンを展開。事業者向けサービスについては、R&D機能として位置づけている。

山本 健太郎 様
株式会社SoVa 代表取締役CEO
慶應義塾大学在学中に公認会計士試験に合格。卒業後は不動産系ベンチャー企業の取締役CFOを経て、2019年に株式会社SoVaを設立。現在は、専門家とテクノロジーを掛け合わせた新しいカタチの会計事務所「SoVa」を展開し、税務・労務などのバックオフィス業務をワンストップで支援している。2023年にはForbes JAPAN誌が発表した「30 UNDER 30 JAPAN 2023」の「世界を変える30歳未満120人の日本人」(BUSINESS & FINANCE & IMPACT部門)に選出。さらにCPA会計学院で講師を務めるほか、2026年からは一般社団法人 会計事務所連携協議会(会計連)に参画し、会計業界の発展にも取り組んでいる。

朝倉 歩 様
sankyodo税理士法人 代表/税理士
デロイトトーマツ税理士法人に約12年間勤務し、シニアマネージャーとして売上高1兆円超の上場企業からグループ会社まで、延べ1,000社以上の税務・経営支援に携わる。2016年にsankyodo税理士法人を設立。全国8拠点・約130名のグループを運営。AI・DXによる次世代型会計事務所の構築を推進し、そのノウハウはクライアントへのデジタル経営として価値提供。「税理士×AI=∞」を掲げ、テクノロジーで創出した時間を、お客様への「感動・感謝・共感」という人にしか生み出せない価値へと変えていくことを理念としている。