
記帳や入力作業の自動化が進む中、会計ソフトは単なる業務効率化ツールにとどまらず、経営判断を支える基盤としての役割が求められている。弥生株式会社は、デスクトップとクラウドを並行して進化させながら、「弥生会計 Next」を軸にAIを活用した経営支援機能の拡充を進めている。これまで把握が難しかった資金繰りや業界比較といった経営課題をどのように支援していくのか。本記事では、弥生のプロダクト戦略とAI活用の狙いに迫る。

- 左 弥生株式会社 代表取締役社長執行役員 兼 CEO 武藤 健一郎様
中小企業に寄り添うAI活用への挑戦
はじめにご経歴について教えていただけますか?
武藤:2024年に弥生にジョインしましたが、それ以前はまったく異なる業界で、大規模なグローバルシステム導入を務めるITエンジニアとしてキャリアをスタートしました。直近の10年間はGoogleで日本の中小企業向けの広告営業を担当しておりました。例えば、皆さんが検索したときに表示される広告やYouTubeに出てくる広告などを担当していました。
Googleでのご経験を経て、次のキャリアについてどのように考えられたのでしょうか。
武藤:AIが当たり前に活用できる社会で、大企業は自社開発やコンサル依頼でAIに多額の投資をしています。しかし中小企業は導入の資金や体制で差をつけられており、どうやってAIを使うのかが課題です。そこで最も参入しやすいのが、日常的に使っているソフトウェアにAIを組み込むことだと考え、そうした分野に携わりたいと思いました。
中小企業への思いが背景にあったのですね。その中で、なぜ弥生での挑戦を選ばれたのでしょうか?
武藤:会計の分野は今後ますますAIの導入が進むと考えています。多くの人にとって必要不可欠な領域であり、AIを上手に活用することで業務の質や効率が大きく向上する可能性があるからです。私自身、初めは会計にあまり親しみがなく大変なイメージを持っていましたが、だからこそ、AIによって業務が楽になることは非常に良いことだと思います。
弥生はデスクトップ型では非常に強いポジションにありましたが、クラウド型においては他社に遅れを取りました。現在は、巻き返しを図っている状況です。ただ、AIという新しい技術が登場し、業界全体で新たな競争が始まっています。「この新しい競争で勝てばいいのではないか」という前向きな気持ちで代表に就任しました。
競合他社に対する御社の強みを教えてください。
武藤:AIの領域で競争に勝つためには、やはりデータを保有していることが非常に重要です。データの量が多いだけでなく、多様性も重要になります。弥生は約40年分のデータを蓄積してきた歴史がありますが、現在はこれを十分に活用しきれていない状況です。
しかし、これを上手に活用することさえできれば、大きな可能性が開けます。他社を凌ぐ圧倒的なデータ量と多様性があり、さらに長い歴史を持つ強みがあります。これが競合に対する優位性だと考えています。「これはいいものができる」というのが今からもう見えているのですよね。実際に良いものが出来てきており、精度も向上しています。もちろん、まだ整備すべき点も多いですが、今後改善できると考えています。
デスクトップとクラウドが共に進化する弥生の戦略
クラウド利用が加速する中でクラウドとデスクトップ、両方の製品を持つ点も強みだと思いますが、御社ならではの戦略があれば教えてください。
武藤:現在は「弥生会計」と「弥生会計 Next」の2つの製品を進化させる取り組みを行っています。「弥生会計」にもまだ多くの可能性があります。そこで組織を事業部制に変更し、デスクトップ事業とクラウドSaaS事業を分けました。そうすることで、それぞれの市場から確実な収益を上げ、ターゲットとする顧客層を深く追求できるようになりました。
並行して進めていらっしゃるということですね。
武藤:そうですね。両方にエンジニア、開発チームを配置しています。場合によっては、戦ってもいいと思っています。両方をお客様に見ていただく中で、「やっぱりデスクトップの方が良い」と判断されることもあるかもしれません。それは「弥生会計 Next」の課題であり、お客様には選択する権利があると考えています。
特に地方でのクラウド会計の浸透率の低さなどを考えるとデスクトップ製品も需要がありますよね。
武藤:もう一つ、AIで大事な施策を進めています。「弥生会計 Next」の考え方にもつながっているのですが、一言で言えば経営支援です。
「弥生会計 Next」の成長と今後の機能強化
2025年4月に「弥生会計 Next」がリリースされて、これまでのご感触をお聞かせいただけますか?
武藤:登録者数や有料ユーザーの数は、当初の計画よりも順調に伸びていて、スタートとしては非常に良かったと感じています。
そもそも「弥生会計 Next」は、従業員20名以下の中小企業をメインターゲットに開発されたもので、なるべくシンプルで分かりやすい操作性を重視しています。UIも直感的にし、可能な限り自動化しつつ、価格も抑える。そういったコンセプトで進めてきました。
多くのフィードバックをいただいており、自計化の方々からは高い評価を得ています。一方で、会計事務所からはやや物足りないといった声もあり、「弥生会計 AE」と比較すると機能面で差があると感じられているようです。ただ、これは当初から想定していたことであり、今後は機能を順次拡充させていく予定です。
例えば最近では、「弥生会計 Next」の機能の一つである「資金予測 β版」を「資金分析 β版」にアップデートしました。これはキャッシュ残高や売上高、利益を一目で確認できることに加え、AIが資金繰りを予測し、資金ショートが予測される場合にアラートを出す機能です。
また、ベンチマーク分析も開発を進めています。「この人件費は業界平均と比べてやや高めです」といった形で、経営の改善ポイントを可視化したりと、まだまだ多くのアイデアがあります。
その機能は、今後リリースされる予定ですか?
武藤:はい、少しずつリリースしている段階です。ただ、実際に使ってみないと利用価値があるのか判断しづらいと考えています。まずは出してみて、お客様に使っていただけるようなら続けますし、誰にも使っていただけないようならすぐにやめる、そういう柔軟な姿勢で取り組もうと考えています。この点は、これまでの弥生の方針とは少し異なる部分かもしれません。
そのような機能があると便利ですね。例えば事業計画作成をサポートする際、今やAIを使えばかなり対応できます。その延長で他社との比較などを会計と連動させて月次レポートに反映できれば、税理士にとっては魅力的です。過去会計だけでなく、顧問先と未来の話をしていくというところを武器にしていかないと、これからの記帳作業などはAIに代替されてしまいますからね。
武藤:おっしゃる通り、作業は今後どんどんAIが担うようになっていきます。だからこそ重要なのは、最終的な判断と責任を担う税理士の役割です。どれだけAIが進化しても、最終的な承認"はんこ"を押すのは税理士です。私たちは、そうした税理士の専門的チェックや意思決定をサポートできる仕組みを考えています。
具体的には、今後どのような機能面の強化を図っていく予定ですか?
武藤:コンセプトとしては、中小企業向けに機能を拡充しながら、先ほどお話ししたAIを活用した経営支援の分野もさらに強化していくという考えです。現在は会計に加え、給与や経費などの周辺システムも提供し始めています。この規模のお客様が必要とするバックオフィス機能は一通り揃えていて、それらを分かりやすく連携させています。高度な専門知識がなくても使えるような設計です。
そのため、「プロ向けではなくアマチュア向け」に開発したため、会計事務所の方から見ると物足りなさを感じられる部分があります。しかし、今後はアマチュアの方々だけでなく、プロ向けの機能をさらに増やしていく方針です。
御社は個人事業主向けソフトの販売実績も長年圧倒的でトップシェアを維持していますが、法人向けのクラウド会計ソフトの分野では、今後どのようにシェアを広げていくご予定でしょうか?
武藤:クラウドに関しては、会計事務所の方から「弥生のクラウドよりも、機能面で充実している他社製品を使うほうがいい」という声をいただくこともあります。確かに現状ではそういったご意見があるのも理解していますし、機能面は今後強化していく必要があると感じています。
ただ、我々がメインターゲットとしている中小企業にとっては"シンプルで分かりやすいこと"が重要です。そこにはきちんとフィットしていると思います。この強みを活かしつつ、今後は競合のシェアも積極的に取りに行き、市場を拡大していく考えです。随時バージョンアップを重ねていく予定です。
クラウド時代に挑むAI連携と製品改革
以前、ベンチャーサポートでも弥生の「記帳代行支援サービス」を利用していましたが、証憑書類が「弥生会計」に紐づき、仕訳と一緒に確認できる点が非常に便利でした。クラウド上に証憑が集約されることで、AIがそれらを学習し、より適切な仕訳や勘定科目の提案が可能になる仕組みですよね?
武藤:おっしゃる通りです。しかし現状では、私たちのお客様の多くがまだクラウドにデータを入れていない状況です。やはり、そこから始めていかなくてはいけないと感じています。私たちとしては「弥生をもう少し活用してもらいたい」「もっと便利に使えるようにしたい」と思っているのですが、そのためにはお客様にデータを手元に置くという考え方を変えていただく必要があります。この部分は我々にとってのチャレンジです。
そこは具体的にどう対応していくか、すでに決まっているのでしょうか?
武藤:決まっています。「弥生会計 Next」とは別に、「弥生会計」のクラウド上にデータを保存できるサービスがあるので、そこをより分かりやすく整える予定です。そして、何かあった時の備えとして、バックアップも欠かせません。今はユーザーさんに手動で行っていただく必要がありますが、将来的には自動でバックアップを作成できる仕組みも検討しています。
私もユーザーとして要望になりますが、弥生の記帳代行支援サービスを利用している税理士は多いと思います。しかし『弥生オンライン』、そして『弥生会計 Next』と連動しないのは非常に不便だと感じました。
武藤:おっしゃる通りです。正直に言うと、これはプロダクト戦略のミスの一つだと思います。現在、その問題を解消すべく開発を進めているところです。開発をするなら他社を凌駕するような製品を作りたいと考えています。今後を見据えると、やはり鍵になるのはAI-OCRだと思います。記帳代行の市場全体が、これからますます自動化に向かっていくのは間違いありません。リリースの時期についてはまだお伝えできない状況ですが、現在、AI-OCRの開発については仕切り直し、より良いものを目指して開発を進めています。
既にAI-OCRを出している会社もありますよね。意外と競合は多いのでしょうか?
武藤:そうですね。AI-OCRの仕組み自体は、既に基本的な技術が固まってきているので、差はそんなに出てこないと思います。それよりも、会計システムとしっかり連携し、すべてがつながって動いていることの方が、より重要だと考えています。
申告ソフトを自社で作る予定はありませんか?
武藤:そこは実は、社内でもかなり議論を重ねているところです。難しさもありますし、何より開発後のメンテナンスが非常に大変だという点も大きな課題です。毎年のように税制改正があり、様式も変わっていく中で、申告ソフトの対応は非常に手間がかかります。
それだけの工数をかけて、果たしてビジネスとして成り立つのかどうかも、正直なところ見えにくい部分があります。他社の動きも見つつ検討中の段階です。会計事務所の方々からは、「申告ソフトと会計ソフトをつなげれば本当に楽になるから早く何とかしてほしい」というご意見もいただきます。
現状では、「達人シリーズ」と連携して対応しています。そのままの形が良いのかどうか、今後改めて見直す余地はあると考えています。
API連携も手間がかかると言いますよね。
武藤:それもあります。銀行との接続は、一定期間で自動的に切れてしまう仕様になっていて、都度再接続しなければならないというのが大変です。これは銀行側のルールによるものです。実際、私自身も個人で使っていて、毎月のように再接続が必要になるのが煩わしいと感じています。将来的には、セキュリティプロトコルなどが整えば、よりスムーズな連携が可能になるかもしれません。ただ、銀行側の規制に対応しながら進める必要があり、現状では簡単ではないというのが正直なところです。API連携を毎回手動でやるのは本当に大変で、自動化したいところですがルール上、それは難しいのが現実です。
3Sから4Sへ──弥生が目指す新たな価値創造
最後に、今後の事業戦略やサービスの長期的な方向性についてお聞かせください。
武藤:大きな方針としては、デスクトップ版、クラウド版、そして会計事務所向けソリューションの3つを軸にサービスの提供を進めていきます。
会計事務所向けソリューションには「ZEXT(ゼクスト)」という工数管理やスケジュール管理、資料の受け渡しを効率化するソフトと、記帳代行のサービスがあります。さらに、経営管理や分析、フィンテックといった異なる分野のサービスも拡充しています。
クラウド版は、機能をどんどん新しく開発していく方針です。一方で、デスクトップ版は蓄積されたデータを活用し、お客様に価値あるサービスを提供していきたいと考えています。この3つの柱を軸に事業を進めていきます。
正直なところ、デスクトップとクラウドの両方を持つのは大変ですが、長年の歴史あるお客様を大切にしながら、その両方をしっかり守っていきたいと思っています。
弥生の強みは「3S」、つまり「シンプル(簡単)」「セーフ(安全)」「セキュア(安心)」です。さらに将来的には「ストラテジック(戦略的)」、つまり戦略的に使っていただけるサービスを目指しています。まだそこに到達するには時間がかかりますが、目標として進めていきたいと考えています。
税理士が会計ソフトを選ぶ時、御社のように多岐にわたるソリューションがあるととても魅力的に感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。
参加者プロフィール
- 武藤 健一郎 様
- 弥生株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼 最高経営責任者(CEO)
2024年10月、弥生株式会社に入社し、代表取締役 社長執行役員 兼 最高経営責任者(CEO)に就任、現在に至る。
企業情報
- 企業名
- 弥生株式会社
- 所在地
- 東京都千代田区外神田 4-14-1 秋葉原 UDX 21F
- 設立
- 1978年
- 代表者
- 代表取締役 社長執行役員 兼 最高経営責任者(CEO) 武藤 健一郎
- 事業内容
- 業務ソフトウェアおよび関連サービスの開発・販売・サポート
- 電話番号
- 050-3388-1000(IP電話)
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- 9:30~12:00 / 13:00~17:30 (土・日・祝日、および弊社休業日を除く)
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