国税庁のDX構想 ― AI活用で過去最高の追徴税額を記録

国内法人数が12年連続で増加し、法人税の申告件数も過去最高を記録する中、国税庁の定員数はほぼ横ばい状態で推移している。この慢性的なリソース不足を解消すべく、国税当局が舵を切ったのが「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション(DX)」。予測AIの本格稼働に加え、令和8年9月には新基幹システム「KSK2」への移行を控える今、現場では何が起きているのか。変わりゆく税務行政の現状と課題、さらには加速する富裕層包囲網の中で税理士・会計事務所が備えるべき防衛策について、元東京国税局長の藤田氏にTAX CONNECTIONの税理士・古尾谷が取材した。

藤田博一氏 インタビュー写真

  • ベンチャーサポートグループ 特別顧問 藤田 博一 氏

内部事務のセンター化とAI化

国税庁の発表によると、令和6事務年度の国内法人数は346万法人を超え、12年連続で増加しています。法人税の申告件数も約322万件に達し、前年度から4万件以上増加しました。この現状を、どうお考えでしょうか。

藤田:法人数や申告件数の右肩上がりは、今に始まった現象ではありませんし、今後もこの傾向は続くでしょう。

ここで重要なのは、納税者が増え続ける一方で、国税庁の定員は平成15年度の56,315人から、令和7年度には56,018人と、微増の横ばい状態で推移しているという事実です。

法人数292万法人(平成15)→346万法人(令和6)+18.5% 国税庁定員56,315人(平成15)→56,018人(令和7)-0.5%

限られた人員で膨大な事務を処理しなければならないということですね。

藤田:その通りです。そのため、全国の税務署を対象に「内部事務のセンター化」が急ピッチで進められています。これは、これまで各署で行っていた申告書の入力や審査、還付金の処理といった内部事務を業務センターへ集約し、一括処理する仕組みです。

事務処理を徹底して合理化していくわけですね。

藤田:内部事務の効率化によって捻出したリソースを、より高度な判断が求められる税務調査や滞納整理に再配置することがこの施策の最大の目的です。国税庁は、DXの三本柱の一つとして、データの活用による事務の効率化が掲げられており、ITやAIで代替可能な定型業務は、極力人手をかけずにこなしていく方針です。しかし、真に議論すべき課題は、こうした事務処理の先にある「調査」の質にあります。

実地調査件数は低下するも、過去最高の追徴税額

法人数が増えれば、比例して調査も増やさなければならないのでしょうか?

藤田:必ずしもそうではありません。分母となる法人数には、登記だけで活動実態のない法人も多く含まれています。これらは分母を増やしているだけで、調査の必要がないことが多いです。

個人の確定申告も同様で、年金の申告や単純な還付申告が増えても、事務処理は必要ですが、調査の必要性は低いと言えます。

では、現在の調査における真の課題はどこにあるのでしょうか。

藤田:重要なのは、真に調査が必要な対象がどれだけあるのかを把握することです。また、近年では国際化や複雑な資産運用など、解明が容易ではない分野が増えており、調査に当たって相当な工夫と人手が必要となっています。

そこで、最近の国税庁の方針として、機械に任せられる仕事と、人間がリソースを割くべき仕事を整理しています。昔のように「数が増えたから人を増やそう」という人海戦術は、今の時代、予算や人員の面からも無理があるのです。

最近は「税務調査のAI化」が話題になりますが、実態はどうなのでしょうか。

藤田:国税庁は、税務行政のDXの一環として、BA(ビジネスアナリティクス)ツールやAIを活用し、申告漏れや滞納整理の効率化・高度化を進めています。これにより申告漏れの可能性が高い納税者を判定したり、滞納整理の現場でも、AIが過去の接触履歴(電話、訪問、文書)や納税者の情報を基に、「いつ、どの方法でアプローチすれば応答率が高いか」を予測しています。

その結果、実地調査件数が下がる一方で追徴税額が増えている(令和6事務年度の所得税は1,431億円で過去最高)という成果が出ているのですね。

藤田:その通りで、非常に良い成果だと思います。令和6事務年度の追徴税額は、所得税だけでなく、法人に対する調査でも法人税・消費税合わせて3,407億円と、直近10年で最高額を記録しています。

令和6事務年度 調査事績 実地調査件数(法人税・消費税)令和5:5.9万件→令和6:5.4万件(前年比7.4%減) 追徴税額:所得税1,431億円(過去最高)・法人税消費税3,407億円(直近10年最高)

自動接触から始まるAIの段階的アプローチ

今後、調査の選定などは完全にAIが担うのでしょうか。

藤田:今後は、AIが自動的にアラートを出し、納税者や税理士に問い合わせのメールを送るといった、人間が介在しない簡易な接触が間違いなく増えていくでしょう。そうした簡易な接触であれば、人間がやる必要はありません。実は10年ほど前に国税庁で「税務行政の未来図」を描いていた頃から、こうした「簡単な接触はAIに任せる」という構想はすでに語られていました。

時間をかけてじっくり行うべき負荷の大きい調査と、簡易的な処理を完全に切り分けていくわけですね。

藤田:その通りです。十分に準備した上で時間を割いて臨場すべき調査はごく限られた件数しかできません。だからこそ、膨大な申告の中から「まったく問題のない是認事案」なのか、「少し確認しておきたい事案」なのかを、システムが自動で判断し区別を行います。

その「少し確認しておきたい事案」に対してAIが自動で接触し、回答が戻ってきて問題がなければそのまま終了。もし回答に不審な点があれば、第2回戦、第3回戦へとコマを進めます。2回戦まではAIによる自動処理を行い、最終的な3回戦ではいよいよ人間の調査官が登場する、というように段階的に絞り込んでいく流れです。

調査に行かない大多数の申告に対しても、何らかのチェックが働く仕組みですね。

藤田:現在の実地調査割合はわずか数%ですが、残りの90%以上に対しても「常に誰かの、あるいはAIの目がしっかりと入っている」という状態を作らなければ、税務行政として本当に責任を果たしているとは言えません。

すべてを人間が担っていた時代には物理的に不可能だったことも、AIが組み込まれることで実現可能になります。この「網羅的な監視の目」を構築することこそが、今の税務行政が目指している真の姿なのです。

現場を支える職員構成はどのような変化が起きているのでしょうか。

藤田:現在の国税組織は20年前と比較して、30〜40代の職員が大幅に減少し、20代の若手職員が大幅に増加するという偏った構成になっています。さらに、この若手世代はコロナ禍において実地調査の経験を十分に積むことができませんでした。一方で、この世代はデジタルスキルに非常に長けています。こうした20代の育成とデジタルやAIの活用が今後の税務行政の命運を握っていると言えるでしょう。

CRSにより、海外資産は把握されている

富裕層への調査についても、強化しているのでしょうか。

藤田:富裕層調査は以前から重点を置いていますが、この層は事業所得や不動産所得だけでなく、金融所得や海外投資による資産形成が中心です。従って調査に当たってはマンパワーを投入すればいいという単純な話ではなく、インフラの活用が鍵となります。

具体的には、海外当局との「CRS(共通報告基準)」に基づき、海外の金融機関から日本居住者の氏名や住所、金融取引の口座残高のフローとストックなどを自動的に収集する自動的情報交換といった仕組みを効果的に活用しています。

海外の資産情報は、今や筒抜けに近いのでしょうか。

藤田:ほぼ筒抜けに近い状態になりつつあります。日本は100を超える国・地域の税務当局と租税条約等に基づき情報交換を実施しています。これにより、日本居住者が海外に持つ預金や有価証券の口座情報が、毎年自動的に国税庁へ流れてくる仕組みが確立されているのです。

さらに、国外送金等調書や国外財産調書といった法定調書、その他の資料情報も組み合わせて多角的に網を広げており、国際的な租税回避の逃げ場をなくしています。

当局はこの自動的情報交換のデータをベースに資産形成の動きを分析し、課税上の問題が見つかれば実地調査を仕掛けます。国税庁は実地調査が具体的になる過程で海外の税務当局に掘り下げた個別の情報提供を求めたりもします。必要な場合には海外当局が追加的な調査をした上で情報提供をしてくれることもあるのです。

実際、令和6事務年度における海外投資等を行った富裕層への実地調査では、追徴税額が106億円に達しており、監視の目は確実に厳しくなっています。

CRSによる情報交換の仕組み図 海外投資等を行った富裕層への追徴税額106億円(令和6事務年度)

KSK2はなにを変えるのか?

令和8年9月から国税庁の基幹システム「KSK(国税総合管理)」を刷新し、AIやビッグデータを活用する次世代システム「KSK2」へ移行しますが、具体的に何が変わるのでしょうか。

藤田:最大の変化は、これまで「紙」ベースで処理されていた事務が「データ」中心へ完全移行することです。

また、現行のKSKは、調査官が調査先などの外部からシステムにアクセスできなかったり、税目ごとに情報が管理された縦割り構造であったりと、使い勝手の悪さが課題でした。それを抜本的に刷新するのが「KSK2」です。

外部から見ると進化の度合いが分かりにくいのですが、劇的に変わるのですね。

藤田:はい。特にGSS(ガバメントソリューションサービス)の導入により、出先から無線でKSK2に接続できるようになったのは大きいです。今までは税務署に戻らなければ確認できなかった納税者情報や資料情報が、調査の現場にいながらリアルタイムで確認可能になります。

これにより、調査効率は格段に上がるでしょう。また、税目を横断しデータを一元管理できるようになったため、科目間の整合性チェックが容易になり、調査対象の選定にも大きな影響を与えます。

令和8年9月、次世代基幹システムKSK2始動 DX構想を支える3つの脱却と進化:紙からデータへ/縦割りの解消/オープンシステム化

地方税や社会保険など、行政間の連携はどうでしょうか。

藤田:マイナンバーを通じて徐々に進んでいます。地方税との連携は特に進みましたね。

e-Taxの浸透と滞納額の推移

e-Taxの利用状況も、所得税申告全体で74.0%と、約4人に3人が利用するまでになっていますね。

藤田:コロナ禍で密集した申告会場に行くのを避ける心理が働き、一気に進みました。確定申告相談会場のLINEでの予約システムなども、高齢者の方でも必要に迫られれば若い人の助けを借りるなどして使いこなしてくれます。行政の押し付けではなく、需要とフィットした施策だから進んだのでしょう。

令和6年度、滞納額が増えているというデータもありますが、これについてはいかがでしょうか。

藤田:公表データを見ると、滞納残高は令和元年度まで21年連続で減少していましたが、令和2年度以降は増加に転じ、令和6年度には9,714億円となっています。

この要因にはいくつか背景があります。まずはコロナ禍だった令和3年度や4年度あたりに新規発生滞納が増加しました。これはコロナ禍による特例猶予が終了した反動が考えられます。

もう一つはインボイス制度の導入です。制度開始に伴い、これまで免税だった事業者の税負担が急激に増え、支払いが困難になるといったケースが滞納を押し上げた側面もあるようです。そして何より、税収自体が増えているため、比例して滞納額も伸びるという側面があります。

税収自体は非常に順調ですね。

藤田:インフレになれば税収は増えますが、注意が必要なのは政府の支出のあり方です。インフレを加速させない慎重な財政運営が、今の日本には不可欠だと感じます。

滞納の未然防止の取り組みが進んでいるようですね。

藤田:その通りです。納税コールセンターの活用や督促前の納付指導といった施策により、令和6年度の滞納残高はピーク時(平成10年度)の約3割にまで抑えられています。

また、令和5年度に発生した滞納のうち、翌年度末までに99.8%が徴収済みとなっているデータもあり、滞納が発生しても比較的短期間で整理する体制が整っています。いかに公平性を担保しながら早期に徴収するか、という点では着実に進化していますね。

会計事務所が準備すべきこと

これからの税務行政の方向性を見据え、私たち会計事務所は今後どのような準備をしておくべきでしょうか。

藤田:重要なのは、目に見える法改正だけでなく、国税庁の運用の変化に常にアンテナを張っておくことです。

現在の政治状況では、正面から増税を打ち出すことは容易ではありません。一方で、政府からは常に税収の確保を求められています。そのため、当局は通達改正による実質的な課税範囲の拡大や、各種調書の記載事項の細分化といった、いわゆる「課税適正化」につながる施策を講じてくる可能性が高まります。最近のマンション評価の見直しや、取引相場のない株式の評価制度の検討の動きなどもまさにその一環でしょう。

毎年の税制改正や通達の変更を「いつものこと、大した話ではない」と見過ごさず、その裏にある当局の意図や狙いを一歩先んじて読み解くこと。この緻密な情報収集と対策こそが、これからの時代にクライアントを守り、信頼される会計事務所であり続けるために不可欠な備えとなるでしょう。

現場のリアルな変遷から将来の予測まで、多岐にわたるお話をありがとうございました。

参加者プロフィール

藤田 博一 氏
ベンチャーサポートグループ 特別顧問
名古屋国税局長や大阪国税局長、東京国税局長などを経て、令和2年2月1日から令和4年1月31日まで日本銀行監事を歴任するなど、税務行政および業務監査に関する高い識見と豊富な経験を有する。令和6年5月、ベンチャーサポートグループの特別顧問に就任。

企業情報

項目
詳細
企業名
ベンチャーサポートグループ
藤田氏の立場
特別顧問(令和6年5月就任)
藤田氏の経歴
名古屋国税局長・大阪国税局長・東京国税局長を歴任。令和2年2月〜令和4年1月、日本銀行監事。